
原発に反対する理由
ぼくが原発に対して反対なのは、その危険性とか、そういうことは当然ながら、ぼく個人の実感と直結した感情が確かにあって、それは、デジタルカメラとフィルムカメラについて、ここ数年考えつづけてきたことに繋がっています。
石油だろうと、シェールガスだろうと、それらの資源には限りがある。しかしその「有限である」ということがとても大切なんだと、ぼくはフィルムカメラとデジタルカメラで学んだんです。
アルバムの大切さやプリントすることの大切さを知るぼくは、デジタルカメラとSD カードが一回のシャッターをどんどん軽くしてしまったことと、ここ数年たたかってきたように思います。際限なく押せるシャッターのせいでなくしてしまったものについて、日本人は考えようともしてきませんでした。
せいぜい36枚撮りのフィルムのなかで、大切に押していたシャッター一回のあの感覚を、日本人はどんどんわすれていってしまって、そして何よりそれにともなってプリントすることの大切さまでわすれてしまった。
その背景にあるのは、電気に対する感覚じゃないかと思うのです。電気だって有限なんだという意識をぼくたちは完全に忘れてしまっていたんだと思います。ぼくたちが、いっぱい走れば疲れて動けなくなるのとおなじで、エネルギーが有限なのは当たり前です。
そんな、当たり前のことを忘れていたなんて、なんて愚かなんだろう。って思います。まるで無限なエネルギーを手にいれたかのように原子力を理解してきたのは、どう考えても間違いでした。そんなことを信じて、あんな危険なものを日本中に54基もつくっちゃった。
あたらしいイメージをプリントするために、撮りきったフィルムを力一杯巻き戻すように、この世の中を、巻き返したい。そう強く思っています。
Re:Standard for NIPPON
Re:S = Re:Standard あたらしい[ふつう]を提案する。そんな言葉を旗印にRe:S(りす)は生まれた。
この大きな災害を経て、ぼくたち日本人は改めて「Re:Standard =あたらしい[ふつう]」という言葉を、たんたんと強く、意識し、考える時がやってきたように思う。
関東における大規模な計画停電で、ぼくたちの暮らしがいかに「家電」だらけか? ってことにみんな気づいたはず。だから節電の根本は、ぼくたちの暮らしにある電化製品をシンプルな道具へとシフトチェンジしていくってこと。だけどそれはとても大変だ。
大量生産し、大量消費することがいまの世の中を支えている。それで給料をもらってみんな生活しているからそこには、個々の働き方や仕事に関する考え方のチェンジが必要。
でもぼくたちはその大きな問題を解決し、いまこそ、あたらしい[ふつう]をつくらなきゃいけない。これはぼくたちの大きな大きな使命。多くの命を無駄にしちゃいけない。
この緊急事態が終息にむかいはじめたとき、きっと原発というものについても、あらたな議論がはじまるにちがいない。だけど原発を選んだのは電力会社であり、政治家であり、かつぼくたちだってことをわすれちゃだめだ。人の言葉やふるまいのあげあしをとったり、責任の所在について言う前に、自分自身のこれまでについて考えることがきっと大切。
Re:S = Re:Standard あたらしい[ふつう]を。
これは日本人一人一人の言葉。希望のようにみえて、それはときに絶望として襲いかかっても来る。そういう覚悟の言葉。
目標が無いことのすすめ
先日、大阪市役所のロビーを使って行われた、あるイベントで講演をさせていただいたときのこと。いつものように、自分が編集者になっていくまでの話や、これまでの経験で得た気づきを話していたんだけれど、最後の質問コーナーの段になって、ぼくは急激に困ってしまった。それは一人の青年にこんな質問をされたから。
「これまでのことはよくわかったので、今後やりたいことや目標をきかせてほしい」
見ての通り、それは別に変わった質問でもなんでもなくて、ふつうはそこから定石なやりとりがはじまるはず。だけど、なんだかぼくはとまどってしまった。
ぼくには、皆に語って満足してもらえるような将来の目標はない。
ぼくがいまこうやっていられるのは、いつだって、その場の瞬発力と判断の賜物で、だからといってそれは勿論、日々無思考でいるということではない。当然自分が歩む道について日々考えながらも、やっぱりもってぼくは、あさはかな僕たちの考える閉じた目標やゴールよりも、現実はもっともっと豊かで計り知れないものなんだっていう確信を常に持ちつづけている。ぼくのその思いは、こんなにもハッキリと明確なんだと、先の質問に戸惑ってしまった自分から改めて知ることが出来た。
常に目標を掲げ、そこに向かうことを強いられるこの世の中で、目標が無いことのススメをさんざっぱら語り続けたぼくは、皆が求めるような言葉を発してはいなかったかもしれない。けれど、そんなやつもいるんだ。ってことを伝えられたのは、なんだか悪くないような気がしている。定めた目標にしばられて、途中で変わって行くことを放棄してしまうことの方がよっぽど無思考で無責任だとぼくは思う。
Re:Start
今日で、 会社をはじめて丸八年になります。
当時、とてもお世話になっていたある人から、 28歳超えたら途端に「若いのに頑張ってるね」ってコトバを言われなくなるよ、と聞いて以来、 「28までに社長になる!」と心に決めたぼくは、あとひと月で28歳というバレンタインデーの日に、 なんとかかんとか見せ金の300万円をかき集め、 有限会社パークエディティング(りすの前身)を設立。 そこから、 まるで道ばたの小石を蹴り続ける子供のように、 足下ばかりを見て走ってきました。
そんなぼくももう36歳。 ここにきてようやく、 もう少し先を見ながら進んでいけるようになってきた気がします。ツイッターもネットラジオもあるなかで、 このブログではそんなぼくの視線の先を出来るだけきちんと記録していこうと思います。




















