
原発に反対する理由
ぼくが原発に対して反対なのは、その危険性とか、そういうことは当然ながら、ぼく個人の実感と直結した感情が確かにあって、それは、デジタルカメラとフィルムカメラについて、ここ数年考えつづけてきたことに繋がっています。
石油だろうと、シェールガスだろうと、それらの資源には限りがある。しかしその「有限である」ということがとても大切なんだと、ぼくはフィルムカメラとデジタルカメラで学んだんです。
アルバムの大切さやプリントすることの大切さを知るぼくは、デジタルカメラとSD カードが一回のシャッターをどんどん軽くしてしまったことと、ここ数年たたかってきたように思います。際限なく押せるシャッターのせいでなくしてしまったものについて、日本人は考えようともしてきませんでした。
せいぜい36枚撮りのフィルムのなかで、大切に押していたシャッター一回のあの感覚を、日本人はどんどんわすれていってしまって、そして何よりそれにともなってプリントすることの大切さまでわすれてしまった。
その背景にあるのは、電気に対する感覚じゃないかと思うのです。電気だって有限なんだという意識をぼくたちは完全に忘れてしまっていたんだと思います。ぼくたちが、いっぱい走れば疲れて動けなくなるのとおなじで、エネルギーが有限なのは当たり前です。
そんな、当たり前のことを忘れていたなんて、なんて愚かなんだろう。って思います。まるで無限なエネルギーを手にいれたかのように原子力を理解してきたのは、どう考えても間違いでした。そんなことを信じて、あんな危険なものを日本中に54基もつくっちゃった。
あたらしいイメージをプリントするために、撮りきったフィルムを力一杯巻き戻すように、この世の中を、巻き返したい。そう強く思っています。



















