
今回の「ほころび」も前回に続き、佐世保のユニークな郵便局員で自称「アホ野元」こと野元浩二氏について紹介したい。野元氏が実は賢い「アホ」な人であることは、すでに前回も述べたが、ここで、まず野元浩二氏が6年前、私と初めて出会った時、どのような印象を持たれたのか、その時の印象とその後の展開について野元氏から私に送って頂いたメール(例によって携帯電話で打たれた)があるので(私としてはいささか面映いところもあるので、それをかなり省いて)、ここに引用させて頂くことにする。
あれは、忘れもしない平成16年の2月8日(日曜)の晴れた日やったです、甲野先生が、佐世保の武道館に来られたのですが、あの技を受けた時の衝撃…!それから、甲野先生の誰に対しても(……中略……)世の中には、こんな人が、いるんだ!と、感激しました!あれから6年たつのでやんすね!甲野先生との出会いは、あっしの人生で最大の出来事で人生が、それ以前、それ以後!に分かれます!(おーっと!嫁さんとの出会いも、そうって言うとかんば、ヤバか!)話せば長くなるんで、ここでは、省きますが、あの時期、人からは、そう見えなくとも、人生いろいろ悩んでいたのですが、それらが、暗雲が、霧散して青空が、広がるような感覚が、起こり、現実にもそうなったんすよ!理屈抜きで不思議でした!きっかけを作ってくれた、嫁さんと平田先生には、ほんと感謝です!あれから縁が、広がり、たくさんの素晴らしい人達と出会い、ほんと、ありがたいことです!あっしも甲野一家の端っこに加えていただき、世の中をひっくり返す事に少しでも役に立てるんなら、こんな楽しく面白いことは、ありやせんぜ!これから、益々面白くなりそうっすよ!
アホ野元!
こうして野元氏は私にひとかたならぬ思い入れをもたれたようだが、元々物づくりの好きな人物なだけに、私が今年の11月福岡県の糸島の「懐庵」(この「ほころび」の第8回目に紹介した数学者の森田真生氏の数学道場で、この土地建物の所有者である飯野史朗氏の好意で提供されている大きな椎の木等に囲まれている素晴らしい場所、この「懐庵」の道場開きの様子は私のサイトである松聲館のホームページの随感録に書いたので、このウエッブマガジンから松聲館のホームページに飛び、いま紹介した2010年7月25日付の随感録を御覧頂きたい)で行なった物づくりの原点とも言える鍛冶仕事、それも極力簡単な身の回りのもので出来る、いわば非常時のサバイバル鍛冶仕事の講習会に多大な関心を持たれ、私の要請で忙しいなかアシスタントとして参加されたのである。次に紹介する野元氏のメールは、その時の感動を野元氏が知友諸氏にメールされた時のものである。
おとといの11月27日(土曜)13時より福岡県糸島の数学道場、懐庵で甲野先生指導のもと、サバイバル鍛冶仕事をやったんすが、めちゃくちゃ面白かったっす!(ただし、こりゃ、ハマる人とそうでない人が、ハッキリ別れますなーっ!まあ、なんでもそうですが!)今まで、鍛冶仕事をするためには、相当の設備投資費が、かかると思ってたんでやんすが、意外や意外、ほとんど、お金は、いらないんすよ!極端に言えば鉄屑だけあればなんとかなるかもしれやせん!(ただし、実際にやったことが、あるっちゅうのが前提で、本やインターネットの知識だけでは、まず、不可能でやんすが!)講習が、始まって甲野先生が、真っ先にやったことは、鉈を手に取り、竹林に忍者みたいに走っていって、竹をぶった切って来られたっす!その竹を一節切り取ったかと思うと四ツ割りに!更に片側にから3センチ位のところに手裏剣で5ミリ位の穴を開け出されたんでやんすが、参加者全員、顔を見合わせ、???の連続!(最初、参加者は、大人13人プラス子供3人だったのですが、後で、またまた、いろんな人が、来やした!)この後、竹の一節分のパイプを作り、更に竹ベラで地面に深さ10センチ、直径20センチ位の穴を掘り、そこから20センチ位離れたところにさっき作った不思議な竹板を打ち込み、その竹の5ミリ位の穴にくっつける用にして地面に掘った穴との間に竹パイプを埋めた後自転車用の空気入れを!それから地面に掘った穴に木炭を入れ火をつければ、なるほど!簡易フイゴ式の炉だーっ!素晴らしい!(この後は、人数も多いことやし、大出力のブロワーでやったんですが、威力が、ありすぎて使い辛く、ヘアドライヤーに取り替え、冷風弱で十二分でやんした!)それさえも無い場合は、ウチワでもOKとのこと!まあ、現実的に家の庭でやる場合は、(2畳くらいの面積が、あれば、OKみたいですが、くれぐれも鍛冶ならぬ火事には、注意!焼き入れにも使うし、バケツに入れた水は、絶対必需品!)980円の安物のドライヤー(意外や意外、高級ドライヤーは、風量が、多過ぎて使いにくいので安物が、いいっす!)内径が、10円玉位で長さ50センチ位の鉄パイプ(短すぎると輻射熱でドライヤーが、溶けそーっ!ボロ物干し竿をたたっ切った奴で十分!)と木炭(これまた、ビンチョウ炭などの高級木炭よりも安物や消し炭の方が、向いているってのがいいっすね!3センチ角位に砕いて使いやす、酸素供給条件的に、デカすぎても小さすぎてもダメらしいっす!)、ひらべったい石(できれば金床!無理なら、なんか、でかい鉄の固まりが、あれば、ベスト!)、ハンマー(1、5キロ前後!ホームセンターで千円位!)、平タガネ(切り離すのに使う、ホームセンターで五百円くらい)!ヤットコ(大きめのプライヤーでもOK!)、軍手、保護眼鏡、重複しやすが、バケツと水、そいから鉄材は、最初は、太さが、1から、1、5センチ、長さは、50センチちょいの鉄筋が、いいでやんしょう!(これまた、面白いことに新品では、なくとも、捨ててあるような、どんなに、ボロボロに錆びた奴でも鍛造すると全く問題無いっちゅうのが、素敵ですな!まるで不死鳥が、蘇るごたる!)!と、まあ、不燃物の日にでも捜せば、ほとんど金は、かけずにそろえられるものばかり(あと電気サンダーなんかあると便利ですが、あまり道具が、そろいすぎると面白くない!甲野先生なんか、ヤットコとかも自作しておられますからね!ほんと、凝り性ーっ!)とまあ、道具は、意外と簡単に揃いやす!しかし、実際に鍛冶仕事をやってみたら、果てしなく奥が、深いっす!火加減から材質、叩き方(まず、四角にならずに菱形になっちまいますし、ゆっくり叩くとすぐに冷えてしまい加工できなくなるっす!甲野先生が、やると衝撃熱が、発生するため、冷えにくいのは、さすがっす!そいから、初心者が、叩きすぎるとヒビが、入って折れちまうし、めちゃくちゃ難しいんですが、だからこそ、めちゃくちゃ面白 い!)から、焼き入れ、焼きなまし、などなど、まさに無限に、やり方やコツが、あるみたいで、とても、メール文では、伝えきれまっしぇーん!百聞は、一見にしかず!百見は、一行にしかず!で、実際、見て体験するしかないっす!手裏剣や釘抜き(若い兄ちゃんのアイディアだったんすが、グーですね!)を作ったりしてるうちにまたたく間に時間は、すぎ、懐庵の近くの平尾さんのプロを遥かに凌駕する超美味い料理に舌鼓を打ち、その後、恒例の武術二次会!毎回、技が、より効くように進化して行く甲野先生は、ほんとすげえんですが、ほとんど進歩しねえ自分に腹が、立ちやすなあーっ!そいから、今回、マユ(註:野元氏の三女で小学校3年生の麻有ちゃんの事)も甲野先生に会いたい!と付いてきたんでやんすが、鍛冶は、面白いわ、懐庵の地主の飯野さんには、すっかりなついて、一緒にイモ掘りには、行くわ!甲野先生には、参加者の下妻さん夫婦の息子さんの彦太君共々遊んでもらうわ!で大満足の様子!ずっとハイ状態で、帰りの車も楽しかったっす!そいから、昨日は、昼間のたくさんの用事を片っ端から済ませ、夜に早速、炉を作り、マユとトンテンカン(あっしの場合は、トンチンカンか!)やりだしたら、嫁さんも、お姉ちゃん二人も面白そうだってんで全員やることになっちまいやした!(なんて単純な家族でやんしょ!)この面白さは、自分で物を造る喜びと、下手したら大ヤケドの恐れが、ある緊張感の対比から来てやすね! さあ、明日は、坂本龍一さん(註:ミュージシャンの坂本龍一氏で、ネオニコチノイド系農薬使用に反対するミツバチたすけ隊の活動に支援して下さっている縁)に会いに行きますばい!
アホ野元!
いま引用したメールにもあったように、野元氏はこの鍛冶仕事によほどハマッたようで、暮れでひどく忙しいというのに、自宅に早速簡単な鍛冶場を作って鍛造を始められたらしい。その時の様子を万年少年である野元氏は次のような私宛のメールを送って来られた。
今日の用事を済ませ、日も沈んだ6時から早速、ボロのドライヤーとボロ物干し竿をたたっ切ったパイプで炉を作り、マユと鍛冶仕事を始めて3時間!このクソ忙しい時期にこれ以上ハマったらヤバイ!と思いつつ、湧いてくる好奇心は、どうすることもできないっす!甲野先生は、ほんと人のツボが、よう、わかっとらすばい!
アホ野元!
何度読んでも、この野元氏の好奇心のかたまりのような、少年の情熱を失っていない純粋さには心打たれる。このメール文を読めば、野元氏の人柄も自ずと分かると思うが、さらに野元氏像を明らかにする、いかにも野元氏らしいエピソードをいくつかここに紹介しておきたい。
その一つは、郵便局にささいな事でクレームをつけてくる常習の人がいて、あまりといえばあまりの言いがかりに「これは一つガツンと言ってこよう」と野元氏が覚悟して、その人の家に行った所、体の不自由な人で、寒い中ストーブに灯油が入れられず震えているのを見て、いっぺんに気の毒になって、いろいろ面倒をみたところ、すっかり頼られ、クレームは止んだが、何かといえば頼みごとをされるとの事。
また、同じようにクレームをつけてきたカタギではない人の家に行き、向こうがシャドーボクシングで盛んに示威行為をしてきた横で、「私も簡単にやられませんよ」と言って空手の型を始め、その上、焼き鈍して柔らかくしておいた十円玉を二本の指で折り曲げてみせたところ、「この野郎」が「野元さん」になり、一緒に飲もうという事になって、それからは度々「新しいカツオが手に入った。食べに来ないか」などの誘いの電話が来るそうである。
その上、野元氏は無農薬での農業を実践。メカにも詳しく、またシーカヤックで五島列島まで行く途中で雷に遭い、いくつもの雷が至近距離に落ちて、およそ生きた心地もなかったという命がけの体験もされている。したがって、何かあった時の対応力も度胸も現代人には珍しく身についている。こういう人が子供達の教育に関わる事が出来る日が来ることを心から望まずにはいられない。

1949年、東京に生まれる。1978年、武術の研究を専門とするため松聲館(しょうせいかん)を設立。以来、他流儀や異分野との交流を通して、現在では失われた精妙な古伝の術理を探求しつつ、武術の研究を行っている。著書も多数。
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